あ〜! ここに、ごちゃごちゃした思考と感情が渦巻いているの、耐えられん! ってときがある。目的に向けて努力するのも、本読んだり音楽聴いたりするのも、友人や恋人、家族と一緒に過ごすのも、渋谷のハロウィンで騒いだりデモに参加して大声出したりするのも、酒飲んだりコカイン使ったりするのも……全部、我を忘れるためにやるんだな。恐ろしく退屈なとき、なんかこう、自分の意識がどうしようもなくそこにあるのが耐えられなくなるでしょう? 自意識は怖い。太宰治の『人間失格』、読んだことないので読んでみたい。有名人とか、自意識やばそうで辛そう。
 自分について考えるの、めちゃめちゃ怖い。なぜだ? なんなんだ、う〜ん。サルトル、すごく興味あります! 誰かと一緒に居ても、自分を俯瞰して見ているもう一人の自分なんてものが現れているときは寂しい。自分を見ているもう一人の自分が「本当の」自分で、そいつは人前には出ていない。自分は世界から疎外されているのだ、そりゃ寂しい。初対面の人と会うなんてときは、こういう理由ですごい神経を使う。仲良くなってきたら我を忘れて振る舞える。その人と居るときは我を忘れることができるというのが、素晴らしい人間関係なんですね、おそらく。どんなに好きな相手でも、その人からどう思われているかずっと気になって仕方がない、自意識が消えない、ってんなら関係を維持するのは難しいだろう。逆に、仲良くなりたい相手に対しては我を忘れさせようとすればいいのか? 驚かず、何食わぬ顔で、平然としていよう。それがどうした、全然どうってことないよ、みたいな感じで、ふ〜ん、とか言って、たまに核心をつけばいい。
 お酒についてですが、ハイネケン飲みやすくて良かった。それからandymori好きなので、ウィスキー飲んでみたら、まあ、悪くなかったのでよく飲むことにした。今も飲んでる。体がポカポカしてとてもいい。ところで『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』の主人公はウィスキー飲みすぎ。「ジントニックで踊ろうよ」とか歌ってたのを思い出してジントニック飲んでみたら、これも美味しかった。andymoriの『ダンス』という曲が大好きだし、村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』という本も大好きだし、ミスチルの『Dance Dance Dance』という曲は、まあまあ好き、くらいだけど、これから大好きになるので問題ないです。『ダンス』の「最期の日に鳴るミュージックとダンスしようぜ」ってところ、あまりにもいい。考えるな、動け! って言う人いるけどねえ、全然違うと思うよ。考えられなくなったら、踊るしかない。「それもとびっきり上手く踊るんだ。みんなが感心するくらいに。……音楽の続く限り」(注:酔っ払いながら書いています。)


「音楽の鳴っている間はとにかく踊り続けるんだ。おいらの言っていることはわかるかい? 踊るんだ。踊り続けるんだ。何故踊るかなんて考えちゃいけない。意味なんてことは考えちゃいけない。意味なんてもともとないんだ。そんなこと考えだしたら足が停まる。……きちんとステップを踏んで踊り続けるんだよ。そして固まってしまったものを少しずつでもいいからほぐしていくんだよ。まだ手遅れになっていないものもあるはずだ。使えるものは全部使うんだよ。ベストを尽くすんだよ。怖がることは何もない。あんたはたしかに疲れている。疲れて、脅えている。誰にでもそういう時がある。何もかもが間違っているように感じられるんだ。だから足が停まってしまう」 (村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』)

コメント