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聖像の前で

あなたお一人が悪い だってそうでしょう そもそもの始まりを 考えてもご覧なさい 初めは何も無かった ぴたりと静止していたこの世界に 最初の一撃をくらわしたのは あなたです その一撃がなかったら どこにも苦しみはなかったし 人が人を傷つけることも それを罰することも 何にも無かった だってそうでしょう あなたお一人が悪いんです みんな憎んでいます 自分を隣の人をこの世界を 憎んでいます でもみんな間違っています 本当に憎むべきは すべての原因であるあなた あなたお一人だけですから せめてそのお顔に 唾を吐いてわたしの憂さを 晴らすことくらいは どうかお許しを さすればわたしは 自分を隣の人をこの世界を 少しは愛することができる 気がしますから いいえ本当の本当は 何もかもわたし一人が 悪いんです…… ああ何も言わないでください! ちゃんと分かっていますから 逃げも隠れも背けもしません わたしはわたし一人を憎んで 隣の人をこの世界を 愛するべきなんです いや あー できもしないこと 思ってもいないことを 言ってみたとて仕方がない 意地を張って善人思考を 頭に植えてみたとて 根を張らない 本当の瞬間が来たら ナイフと衝動で お終いなのだ ふははは どうしようもない どうしようも…… ああでも ああ これらすべてを 優しく包んでください!

郷愁

朝早く目が覚めると窓から 霧のように白く明るい陽の光が 部屋の中を優しく包み込んで あの愛すべき錯覚が 私の意識にすっと入り込んで 頭の中に一つの声を作り出している 何もかも素晴らしいじゃないか! というあの躁状態へと 高み高みへと連れて行く だってほんとうに 何もかも素晴らしいのに…… 夢の中の懐かしい風景 遠い大地は原故郷 青々とした草原と ふいにモノクロームの寒々と 後ろは赤々炎が燃えて 灰の煙はもうもうと ゆっくり振り返る母と目が合う時 私はすでにそこにいない 出かけてくるねと妻が言う 遅くなるから夕飯は勝手に うん分かったと私は言う 行ってらっしゃいと私は言う 妻はさびしく微笑んでいる

まどろんで

まどろでいるときの意識は曖昧な 手付かずの心象をただ眺めている 乳白色のカラフルな流れの動き きらっと光っては弾けて消える思念 躍動する海の波をかけるイワシの群 懐かしい匂いの正体はついに掴めず ゆっくり旋回するは闇の鯨 ふと遠く聞こえる母の呼び声 教会の鐘の音からんころん鳴る 否応なしに大きく深くすべてが 渾然一体 ゆっくり巡っているその様 意識の下はマントルのようである