昨日からちょっと元気がないことに数時間前に気づいた。元気がないときにツイッターをやると、ぼろが出そうだし、気が滅入ってばっかりになるので、ツイッターアプリをアンインストールしてしまった。と言ってもブラウザから見れるんですけど。でもまあ、タイムラインを見る頻度は減ります。ツイートはひとまず控えるつもりだ! (果たしてどうだか。)また気が向いたらアプリを入れ直す。文章を書く気力もあんまりないけど、まあ、なんかテキトーに……。
 今日、高校のときの一個下の後輩・岡野と高校の部活に顔を出した。この岡野というやつは、非常に気のいいやつで、なんかすごくいい感じの人間である。彼はツイッターをやっていないので、おれのツイートのなんやかんやを知らないし、多分このブログも読んでいないと思われる。
 普段のおれはほとんど感情を出さないというか、少なくともツイッターやブログの文章よりは人間味がない。特に、岡野はおれのツイッターやブログを見てないわけだから(見てないとおれは思っているわけだから)、例えばおれがツイッターで元気でも気が滅入っていても、岡野と会ったときは全然関係なく接することになる。そのとき元気な時期でも憂鬱な時期でも、岡野と会うときのおれはうっすらテンション高めで臨む。くだらないことを喋って、ん? あっはっは、って感じである。(実際は、元気なときはゴキゲン! って感じかもしれないが。)
 この前、おれがサークルに入るかどうかという話になったとき、岡野は「先輩はなんかひとりで自由にやっていく感じというか、一匹オオカミみたいな」みたいなことを言っていて、ちょっと不思議に思った。岡野は、おれが一匹オオカミみたいな感じであるというイメージを、どこからもらったんだろう? ツイッターを見てないのにも関わらず、である。普段、そんな一匹オオカミな感じを出していたかな。高校のときも、みんなでテキトーにわいわいやっていた気がするんだけど。不思議だ。
 今日も、大学を出てからどんなふうな進路を歩むだろうかという話になったとき、「先輩はなんか一つのところにいないで、ふらふらしてそう」と言われた。おれも自分で自分の進路のことを思ったとき、おれはふらふらしてそうだと思う。だけど、なんで岡野もおれと同じように思うことができたんだ? おれのツイッター見てないのにも関わらず、である。思わず、「お? よく分かってるなあ!」と言ってしまった。不思議だ。

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