ハードボイルドと「本当の心」

どんなに心から(「本当の心」から)泣きたくても、「これは嘘泣きになるかもしれない」という葛藤があるとき、絶対に泣いてはいけない。ひたすら耐えなければいけない。耐えれるところまで耐えて、どうしても涙が出てしまっても、涙は最小限に抑えなければいけない。しかも「涙をこらえる演技をしてしまってはいないか?」という疑惑が頭をかすめつつ、である。

自分の中にある「同情を求める気持ち」と徹底的に戦わなければいけないのだ。だから多くの場合、僕たちは黙って平気な顔をする。心を石にする。感情を表に出さなくなる。あるいは感情に反して明るくふるまったり、愛想よくしたりする。

そうすることでしか「本当の心」は守られないのだ。純粋さは保たれないのだ。「真実の愛」「真実の善意」といったものは、そういった忍耐や葛藤に裏付けられる。耐えれば耐えるほど、信じられるに値する人間になる。そして来るべきときにしっかりと他人と親密になることができるのだ。(『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』はそういう小説だったのではないかと理解している。)