切実さがある

あらゆるところにい
あらゆるものを見
あらゆることをしてきた女
世界がなんたるかを知っているが
何も言わない
大小さまざまなたくさんの列車が
彼女の心と身体に入り込み
そのまままっすぐ突き抜けてしまった
そして何も残らなかった
きれいな空っぽだけが残った
それが悲しいことであるのかすら
彼女には少しも分からなかった

心は柔らかく弱いもので
機構は硬くて強いもので
ふたつの仲介をするのが身体なのだとしたら
健康でいたいと僕は思う

科学者によると人間は
宇宙をさまようちりあくたである
血のつまったただの袋である
そうだよと合点している人たちは
強がりの知ったかぶりのインテリやろうで
ひとり寂しく死ぬ勇気なんてないくせに
口だけは誰にも負けないらしい

切実さがある
人間には切実さがある
助けて!と叫ぶ内側からの声
身体はそれを押し殺し
なかったことにする
機構に顔向けできないからだ
しかし彼女は叫ぶこともしなくなった
きれいな空っぽに切実さはない
理由のない涙だけが頬をつたい
偽りのない感傷だけが彼女を包み込む
それが悲しいことであるのかすら
彼女には少しも分からなかったが