心の中での暴言/善悪の知恵の実

 たとえ心の中でさえ、死ねとか殺すとか言っていいわけがない。それも子供がその時の勢いで言ってしまうとかならまだしも、いい大人が? 私は思うのだけど、大人は子供とはまったく違う生き物であり、何が違うのかというと、大人は善悪を考える能力があるのである。それゆえ、どんなに大人が「私は子供だ」と言い張っても、大人は不純である(ここら辺の説明は難しいのだけど)。だから子供には許されることも、大人には許されない。大人は善悪を素通りして好き勝手やることはできない。とはいえ、心の中でさえ死ねとか殺すとか言ってはいけないと私が思うのは、もちろん私の主観的な判断である。だからそんな綺麗事を言うと、「ああこいつとは分かり合えないな」と思う人が出てきそうだが、しかし……では一体、彼らは誰となら分かり合えると思っているのだろう? まさか心の中で死ねとか殺すとか言う人たち同士で、分かり合うつもりではあるまい? それとも、そんなことが可能だとでも思っているのだろうか。いいや分かり合うことは求めていないと主張するにせよ、では心の中で死ねとか殺すとか言う人たちが、互いを受け入れることができるとでも? あるいは、たった一人きりで生きて死んでいくつもりなのか。 ……などなど、好き勝手書き散らかしたところで、白状しなければならないことがある。よくよく反省すればこの私自身、心の中で死ねとか殺すとか一切言ってません、と断言することはできないのである。つまりそれくらい性格の悪い瞬間が私にはあるのである。ああ!

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